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Heritage Audio : マイクプリアンプ&EQの必要性と使い方(後編)

Heritage Audio HA73EQ Elite は、Neve 1073 という非常に有名なビンテージ機材を元に設計されたマイクプリアンプ/EQです。本機を最大限に活用してレコーディングする方法を、エンジニアであり“Neveマスター”の門垣良則氏が解説します。

インプットとアウトプットでの音作り


ゲインステージによるサウンドの変化を確認する

前回は HA73 Eliteシリーズ の特徴と魅力について解説しました。今回は実際にレコーディングをしてみましょう。まずは入力ゲインスイッチを調整しましょう。いわゆる「ゲインを決める」という工程です。

オーディオインターフェイスに内蔵されているプリアンプであれば、歪まないようにレベルを取れば終了ですが、HA73EQ Elite の場合、心地良いサウンド、心地良い太さになるかどうかを確認しながらゲインを上げ、出力が大きくなり過ぎるようなら出力アッテネーターを絞ります。この時、出力アッテネーターが半分以上下がることも通常使用の範囲で起こりますので、積極的に操作してください。

また、フロントパネルにあるマイク入力インピーダンス(LOZ)のスイッチもサウンドメイクに非常に役立ちます。これは入力トランスの入力インピーダンスを、配線を変更することで可変させるスイッチです。マイクインに対して作用します。

入力ゲインスイッチ
赤いノブが入力ゲインスイッチ。「LOZ」と記されているのがマイク入力インピーダンス。サウンドのバリエーションを広げることができるので、ぜひ試してほしい

ちなみに、ビンテージのモジュールにもマイク入力インピーダンスは付いていますが、普通はモジュールの背面に配置されているため、切り替えるにはモジュールを引き抜くか、ラックの天板を外す必要があります。つまり、ビンテージの場合は基本的に、気軽に変更できない機能なのです。

ビンテージのNeve 1066モジュールの場合、マイク入力インピーダンスは背面に付いているため、気軽な切り替えは困難

では、このマイク入力インピーダンスで何ができるかと言うと、入力インピーダンスを「1.2kΩ」と「300Ω」に切り替えることができます。「インピーダンスが切り替えられる」と言われても、あまりピンときませんよね? インピーダンス自体がやや難しい用語なのと、そもそもサウンドにどう影響するのかがわかりにくいですし、プロミュージシャンでもピンと来ない人の方が多いのです。

この HA73EQ Elite に関して言えば、1.2kΩがオールマイティかつフラット、300Ωがよりワイルドな感じだと考えてください。要は1.2kΩより300Ωの方が信号が低い値からトランスに入力されるため、入力トランスによる信号増幅率がより大きくなり、サウンドにも影響が出るのです。300Ωの方は入力トランスで信号が約5dB多く増幅され、結果的に音量も上がることになります。用途とマイクが決まっているようなスタジオでは、どちらかの値に固定して使うことが多いですが、入力アッテネーターと組み合わせることで想像以上にサウンドバリエーションを生み出せるので、積極的に使ってみてください。

また、フロントパネルにはDIイン(D.I.)も付いているので、手軽にギターやベースを接続できます。DIインはとにかく手軽に素早くアイディアを形にしたいコンポーザーやアレンジャーなどからの支持が厚い機能です。気になるサウンドは非常に素直な音色で、いわゆる Neve 系という先入観があると肩透かしを食らうかもしれませんが、それでいいんです。これはこれでとても使える音をしています。

あるいは、お気に入りのDIをお持ちであれば、そのDIのマイクレベル・アウトから HA73EQ Elite のマイクインにつないで、冒頭で解説したゲイン調整でサウンドを作ってみてください。手持ちのDIに特殊な機能がある場合はそれも活用しながら、想像通りの太いサウンドを簡単に作ることができます。

HA73EQ EliteのDIイン
フロントには気軽に使えるDIインも装備。お気に入りの外部DIを使いたい場合は、マイクレベルで受けて色付けを行うこともできる

出力トランスの手前にある出力アッテネーターでレベル調整

出力アッテネーターを絞ると、その分、音質的に不利になるのではないかと不安になる方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。HA73EQ Elite の出力アッテネーターは出力トランスの手前にあり、出力トランスで10dB近く信号を増幅する設計なので、根本的な音質を十分に担保したうえで、インプットとアウトプットの関係値でサウンドの印象を決めていくことができます。前述の入力ゲインスイッチやマイク入力インピーダンスと組み合わせて、音量というより「音像」や「キャラクター」を作れるのが、この機材の大きな魅力なのです。

HA73EQ Eliteの出力アッテネーター
出力アッテネーターを大きく絞ることになっても、信号のロスなど余計なことは気にせずサウンドに集中してほしい

インダクタEQでの音作りとミックスでの活用法


入力ゲインスイッチは実は5dBステップではない

入力ゲインスイッチと出力アッテネーターの組み合わせによるサウンドメイクは、オリジナルの Neve 1073 でもまったく同じように行われています。その上で HA73EQ Elite の入力ゲインスイッチを注意深く見てみると、実は5dBステップの間にもゲインポイントが存在していることに気付きます。このポジションは 1073 の設計には存在しない拡張機能で、5dB刻みのポジションに比べてラッチしにくいので注意して合わせる必要があります。

例えばボーカル収録で、ゲインが目盛りの「30」だと声が細くなり、「35」だと太過ぎる場合などに重宝します。この操作はビンテージの 1073 では不可能なため、上記のようなシチュエーションで「30」を選択せざるをえない場面が少なくありません。ですから、あまり知られていない機能だと思いますが、ゲインがサウンドキャラクターと直結する本機の回路設計において、とても有効な独自の機能になります。

よく見ると5dBステップの中間にもドットマークが存在している。5dBのポイントからソフトタッチで操作すると、裏技的にこのポイントに固定できる。これはHA73 Eliteシリーズが持つオリジナルの機能だ

EQは12kを空気感、1.6kを芯、220をボディと考える

HA73EQ Elite は 1073 と同様に「インダクタ方式」のEQです。インダクタ方式と言われてもピンとくる人は少ないと思います。例えば SSL 4000 シリーズ(ミキシングコンソール)や Neve 1081(マイクプリアンプ/EQ)などはEQ回路にアンプを持っており、非常に強力なEQが可能ですが、ついうっかりオーバーEQしてしまうとサウンドが破綻してしまうこともあります。

一方、オリジナルの Neve 1073 や HA73EQ Elite に採用されているインダクタ方式のEQの場合、サウンドは音楽的な意味でナチュラルであり、オーバーEQでも破綻しにくいという特徴を持ちます。

周波数の分布も秀逸で、楽器の音像についてハイシェルフの「12kHz」を空気感、ミッドピークの「1.6kHz」をサウンドの中心部分、ローシェルフの「220Hz」をボディとして考えると、原音に対して行いたいアプローチを自然に学ぶことができます。

具体例としては、ボーカルに対して12kHzで空気感を付加したり、アコースティックギターやエレキギターにおいて、1.6kHzで音の芯の部分、220Hzでボディの鳴りやふくよかさを付与すると、グッと存在感が際立ちます。

また、サウンドについて「音楽的」と表現しましたが、これは積極的なブーストEQによるサウンドメイクが得意なEQであるということを意味します。バイパスしながらEQでサウンドメイクを行っていくと、原音と比べて、驚くほどリッチなサウンドになっていることがあるでしょう。でも、それでいいんです。最初はやり過ぎてしまうこともあるかもしれませんが、DAW上で微調整ができますから、自分が心地良いと思うサウンドを作ってください。

HA73EQ EliteのEQ
非常に音楽的なサウンドメイクが可能なインダクタ方式のEQは、あらゆるサウンドに対して、ひとつの正解と言えるアプローチを可能とする。「アナログの機材、特にEQでのサウンドメイクに興味はあるけど体感したことがない」、「プラグインをより理解するためにハードウェアを1つ持ちたい」という場合に、間違いのないベストチョイスと言える

ミックス時に通し直す

今はプラグインも物凄くいい製品がありますし、アナログエミュレーション技術も素晴らしい進化を遂げています。しかし、あえてこの時代にハードウェアに通し直すというのは非常に有効だと感じています。

DAWから再生した音をDAしてアウトボードに入力し、アウトボードの出力をADしてDAWに録音し直す、いわゆる「リトラッキング」というやつです。Pro Tools に「コミット」という機能が付いた時に、ハードウェアインサートが劇的に便利になり、僕は特に最近のミックスでこのやり方を多用しています。近年は安価で質の良いマスタークロックが普及し、AD/DAも劇的に良くなったことで、再DA/ADによる劣化を気にせずにリトラッキングできるようになりました。

ボーカル、ベース、バスドラム 、スネアなど、センターに位置する楽器をゲインとEQでリトラッキングすると、自然に立体感や存在感を出すことができます。また、出力アッテネーターを効果的に使うことで、サウンドに存在感を出しながら根本的な意味でのピーク処理も行えます。複数のセンターパートを同じ機材に通すことで、「似たような帯域が混雑するのではないか?」と考える方もいると思いますが、そんなことはまったくありません。

マイクイン同様、ラインレベルもゲイン値によってキャラクターが変わります。EQを積極的に使うことが多いので、強くドライブさせて特別太くしたい場合を除いて、基本的にはゲイン値を基準レベルにして作業します(LINE入力に関しては、絞り切りの30を基準にしてスタートすればOK。 EQやゲインコントロールで予期しない歪みが発生する場合は、出力アッテネーターも使用して調整します)。

プラグインはあくまで演算であり、実際に電気信号が流れているわけではありません。リトラッキングで実際の電気信号の状態を扱うことで、プラグインがエミュレートしている挙動をリアルな触覚を伴って感じることは大変楽しく、非常にクリエイティブな気持ちになれるのでオススメします!

最後に

私が初めてビンテージの Neve モジュールを買ったのは2010年で、その時は 1066(マイクプリアンプ/EQ)を買いました。それからも 1073 に憧れながら様々なメーカーのレプリカを購入してきましたが、サウンド自体は良く出来ていても、使用感については各メーカーのクセがあったり、ノブの触り心地がしっくりこなかったりと、ビンテージと同じような感覚で使用できる物は多くありませんでした。

しかし、現在では各メーカーの努力や、Universal Audio UAD-2 の Neve 1073 Preamp & EQ のような 1073 をキャプチャしたプラグインの登場により、ビンテージと並べても違和感ない操作が可能になっています。その中でも価格面、機能面共に大変優れているのが HA73EQ Elite です。

少し背伸びして買う初めてのアウトボードとしても、リーズナブルに買えるスタジオの即戦力としても、間違いないベストチョイスとなるでしょう! 宅録ユーザーさんには、ぜひ UAD-2 などとも組み合わせながら使用していただき、機材へのより深い愛情と興味を深めていただきたいと思います。

文:門垣良則(WAVERIDER
写真:桧川泰治

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