Hookup,inc.

Universal Audio UAD User File #005 : 門垣良則

日本有数の名機群を保有する関西のスタジオ MORG の代表であり、エンジニアカンパニー WAVERIDER のプロデューサー/エンジニアでもある門垣良則氏。ビンテージNEVEやマイクの膨大なストックと、高級スタジオ数件分の機材を保有しながら、UAD-2のヘヴィユーザーでもある彼に、ビンテージ機材とUADプラグインの魅力について聞きました。

アーカイブを引き出せるのがビンテージ機器や定番機器の良さ


- 門垣さんはいつ頃からエンジニアとしての活動を始めたのですか?

元々は学校の先生になるつもりでしたが、大学の時に芸術の力に感動して演劇を始めたんです。ただ、演劇は1人ではできないし、なかなか将来食べていけないという問題もあって、そんなことを悩みながら歩いていたら街頭ビジョンから音楽が流れてきて。「音楽ってこんな時でも耳に届くからすごいな」と思ったのが、音楽に興味を持つきっかけでした。最初は打ち込み機材を買って演劇用のBGMを打ち込んだり、作家さんが作った主題歌のピアノアレンジ・バージョンを打ち込んだりしてみました。曲も書きましたけど、周りに才能のある人達がたくさんいたので、自分は裏方に回るようになって。同時期に作・編曲家の森本公三(現・饗場公三)さんと出会って、エンジニアという職業を知り、本格的に裏方の仕事をするようになったんです。

- 森本さんの元でエンジニアリングを学ばれたわけですね。

森本さんは作曲活動をしながらエンジニアもしている方で、大工仕事も教えてくれました。机やベンチを組み立てるのも「これはミックスと一緒や。バランスの取り方だからやってみろ」と言われたり。お好み焼きを焼く時も、僕が上からヘラで抑えつけると「最初からコンプ当てるやつがおるかい!」って怒られたり(笑)。まともな教わり方をしたのは、Qを狭くしてピークを切るカットEQの技術くらいでしたね。とても多くのことの本質を教わりました。ただ、このペースだとビジネス的に自分の思うビジョンに到達できないなと思ったので抜けさせてもらって、MTRやパソコンを買って独学でエンジニアリングを身に付けていきました。自宅兼スタジオみたいな、勉強する場所を作るところから始めて、少しずつ機材を集めていきました。数年後に MORG を立ち上げましたが、まともなスタジオキャリオはゼロなんです。

- 当時からビンテージ機材に興味があったのですか?

ビンテージ機材にハマったきっかけは、Neve 33609(コンプレッサー)だったと思います。音がすごく良くてハマってしまい、そこから機材を買い足していって、Pro Tools もHDに変えたりと、少しずつプロに通用する環境にグレードアップしていきました。あと、「ビンテージ機材の感動を多くの人と共有したい」という気持ちもありましたね。例えば外のスタジオで Teletronix LA-2A がすごく良かったら、同じものを探して買ったり。そうやって MORG に来た人達にも同じ経験をさせてあげられるように環境を整えていったんです。

- 門垣さんにとってビンテージ機材の魅力とは?

メジャーなビンテージ機材って、聴くだけでその機材が連想されるような独自の“音”を持っているんです。例えば Urei 1176 のシルバーなら、少し明るくなって歪むような、椎名林檎さんの声みたいな感じですね。Neve も特有の太さがあって、レコードやCDを聴いた人達がそれを“音”として記憶しているんですよ。そういった音のアーカイブを引き出せるのが、ビンテージ機器や定番機器の良さだと思います。

- MORG での活動と並行して、新たに WAVERIDER を立ち上げた経緯は?

「エンジニアがフリーランスで食べていくのは難しいな」と思ったのがきっかけでした。エンジニアの岡村 弦さんや、ギタリストでエンジニアの岩谷 啓士郎さんと付き合いがあって、みんな音楽が大好きなので、彼らがより安全に働くには会社を作った方がいいなと。そうしてスタートしたのが WAVERIDER なんです。彼らがより音楽に集中できたり、より利益を上げられたら、それが音楽に還元されて、日本の音楽シーンにもいい影響を与えていくのかなと。そういう意味では、裏方を支える裏方になるという感じですね。

catapult studio
WAVERIDERの活動拠点である東京・笹塚のcatapult studio

- WAVERIDER の拠点を東京に置いたのはなぜですか?

関西で携わったバンドがメジャーデビューが決まって東京に行くことになると、大抵は「今までお世話になりました」って感じになるんですよ。僕は東京の仕事もたくさんやっていますけど、どうしても関西の人だと見られることがあって、やっぱりフラグシップとなる場所を東京に持たないとダメだなと。それで笹塚に catapult studio を作りました。立ち上げた時に「2020年までに何か結果を出そう」とみんなで目標を掲げて頑張ったんですよ。結果的に、当時僕らがバックアップしていたカヨコが作曲した「紅蓮華」(LiSA)が大ヒットしたので、彼女が一番売れちゃいましたね。

- 関西と東京のシーンはどう違うと感じていますか?

地域の仕事で回しているか、コンテンツの仕事で回しているかというレベルの差がありますね。関西だとアニメの仕事はほぼなくて、テレビ局の仕事がくるスタジオはあると思いますけど、プロフェッショナルが集う現場の絶対数が99:1くらいの割合で少ないと思います。カヨコのように、本当にすごい才能がいるのは関西だと僕は思いますけど、そういった原石を磨き上げる環境がないんですよ。ある一定のレベルまでは行けても、それ以上にブラッシュアップできないし、エンジニアにとってもそうなんです。僕も以前は「どうしてドラムにコンプをかけるのか?」と聞かれても「カッコいい音になるから」くらいしか答えられなかったり、「どうしてスネアをこのチューニングにしたのか?」と聞かれても明確に答えられなかった。でも、東京で岡村 弦さんと一緒に仕事をするようになって学んだことがたくさんあって、「この曲はこういう曲だからこういう音色なんだよ」っていう考え方とかがすごく腑に落ちました。

UADのLegacyをもっと掘り下げたら面白いんじゃないかな


- 門垣さんは機材の修理や改造も手掛けていますよね。

元々機械イジりが好きで、ビンテージ機材のリビジョンの違いとかを聴き比べられるとわかりやすいので、そういうのを可変できる機材をサンプル的に作ったりしています。例えば Neve の 1081 と 33115 は回路が似ているので、トランスによって音が違うならば、それを切り替えられるようにしたらAB比較ができるじゃないですか。そうやって、その音になる理由をデータとして蓄積していくと、機材を選ぶ時の選択肢が増えるんですよ。Neve 1073 なんてものすごく高騰していますけど、その仕組みがわかれば、近い音にするためにどうしたらいいかがわかるようになる。そしたら「やっぱりビンテージじゃないとダメなのかな……」と悩んでいる人に、「そんなことないよ」と言ってあげられる。あまりにも高い値段に釣り上がってしまっている機材に、心を悩ませる人を減らせるのかなと思います。

1176WR
1176を改造して、複数のリビジョンを切り替えて比較できるようにしたもの

- WAVERIDER で開発したオリジナル機材もその成果なのですね。

柔らかい音の Neve が好きな人もいれば、バキッと音が抜ける Neve が好きな人もいるので、その個体差がなぜ出るのかを解析して、パラメーターとしてコントロールできるようにしたものが WR-72 DUAL MIC PREAMP なんです。ビンテージサウンドを生み出す要因って、回路的に言うと壊れているというか、ちょっとパワーが落ちているということだったりするんですけど、それはそれでピークが消えたりして面白い音になるんですよ。WR-72 の機構は改造マーシャル系ギターアンプとかギターエフェクターのオプション機構に近いかもしれないですね。WR-81 もたんに Neve 1081 の回路をコピーしたわけではなく、現代にベストと判断した回路にしつつ、ビンテージの回路とも互換する作りにしています。

WR-72 DUAL MIC PREAMP
上段がWR-81 DUAL MIC PREAMP、下段がWR-72 DUAL MIC PREAMP

- ビンテージのハードウェアだけでなく、UADプラグインもお使いですよね。

昔、Universal Audio UAD-1 を使っていた友人に「これメチャクチャいいよ」って勧められたんです。当時は Pro Tools 9 の頃で、まだ内部ミックスの音質がイマイチだったので、サミングミキサーも使っていました。ただ、リコールのことを考えるとハードウェアインサートは厳しかったので、良質なアナログエミュレーション・プラグインを求めて UAD を使い始めたんです。当時は 1176Teletronix LA-2ANeve 33609Pultec EQP-1A あたりをよく使っていましたね。

- サウンドの印象はいかがでしたか?

当時、Pro Tools 9 の内部ミックスは48ビット固定演算で、ネイティブプラグインを挿すたびにディザがかかる仕様になっていたんです。そのせいでちょっとチリチリするというか、デジタルっぽい音だったんですけど、UADプラグインは当時から32ビット浮動小数点だったので音がギザギザしなかったんですよ。UADプラグインを挿したトラックだけ音が滑らかになって、すごくインパクトが出るというか、印象が強くなりましたね。嫌味なくアナログっぽい主張ができるのが素晴らしいなと。LA-3A をよく使っていて、Neve 33609、Cambridge EQPrecision EQPrecision De-Esser とかも使っていました。気軽にできるハードウェアインサートみたいな感じですね。今とは使い方がちょっと違いますけど。

LA-3A
TELETRONIX® LA-3A AUDIO LEVELER

- 現在はどのような使い方になったのですか?

今はアナログハードウェアでやりたいことを、同じUIで違和感なく再現するような使い方になりましたね。使い慣れたUIなので素早く音が作れます。それと、Pro Tools HDX で音がなめらかになったので、逆にギザッとした質感が出せなくなってしまったんです。そんな時に UAD のLegacyプラグイン、例えば API 560 や LA-3A を使うと倍音が抑えられた感じになるので、音をキュッと引き締めたい時に使ったりします。最近はLegacyをもっと掘り下げたら面白いんじゃないかと思うんですよ。Neve 33609 も今聴くと音がかなり硬いんですけど、実機の Neve 33609/C を買い戻して試したら確かに音が硬いんです。UAD は本当に良く出来ているなと思いましたね。catapult studioではシステム1に UAD-2 PCIe Card のOCTOを4枚とQUADを1枚、UAD-2 Satellite QUAD を1台組み込んでいて、システム2に UAD-2 OCTO を2枚と UAD-2 Satellite QUAD を1台組み込んでいます。

- 現在のお気に入りのプラグインは?

マストなのは Ocean Way Studios で、もちろん Neve 1073 Preamp & EQ や Pultec EQP-1A、Fairchild 670/660 も使います。最近見直したのが Manley Variable Mu Limiter Compressor ですね。ピアノのアタックを潰したい時とか、アタックをパキッと出したくない時に使います。最近は90年代っぽいミックスがトレンドだと感じていて、そのためにはアタックを自然に抑える必要があるんですよ。そんな時、Manley Variable Mu Limiter Compressor は実機の挙動をよく表現できているなと。これも実機2台とUADを比べてみると、アンプ部分はちょっと違うけど、アタックの挙動は本当によく似ていますね。

Manley Variable Mu Limiter Compressor
Manley Variable Mu Limiter Compressor

- 門垣さんは「Neveマスター」を名乗るほど Neve に精通していますが、UAD の Neve はどうですか?

新しい Neve 1073 Preamp & EQ はすごく良くモデリングされていると思います。ビンテージの質感につながる経年変化がよく捉えられていて、倍音の出方とかが似ているなと。特に高域の質感には、ディップ型のタンタルコンデンサとパワー部のコンデンサの作用が感じられます。Legacyの Neve 1073 はもう少し新品ぽい音ですね。使い勝手はすごくいいですけどキャラクターがビンテージ方向ではないので、その差がすごく大きい。最近出た Neve 1084 preamp & EQ はまだ試せていませんけど、基本的に 1073 と 1084 は回路が一緒なんですよ。EQのポイントと、セレクトできるポイントの数が違うだけで、アンプカードとかは同じなんです。ただ、使われているパーツはおそらく違うし、トランジスタやトランスの型番も微妙に違うと思うので、個体差として使い分けることができるだろうなと思っています。

次のカヨコ、次の「紅蓮華」を絶対に出したい


門垣良則

- UAD をUnisonで使用したことは?

もちろんあります。このコロナ渦で自宅レコーディングをするアーティストが増えて、自分のスタジオでドラムを録りたいドラマーさんの多くが、 Universal Audio Apollo を買っているんですね。なので、僕がレコーディングのレッスンをする時には Apollo を持ってきてもらって、まず実機の Neve で録ってから、その音を Apollo で再現してみるということを何度かやっています。Unisonで Neve 1073 Preamp & EQ を挿してみたり、Unisonが無いチャンネルはINSERTSに挿して同じ音を作ってみると、かなり近づけることができるんですよ。Unisonの便利さや、UADプラグインをかけ録りできることの強力さを肌で感じています。

- 実機の音により近づけるにはコツがあるのですね。

例えば Neve Preamp はアウトプットトリムを全開にしないと、実機と同じ挙動にならないんですよ。そういうチェック事項はあるんですけど、それさえ満たせば、AB比較しても違いがわからないくらいまで同じサウンドにすることができます。「本当に Neve の音だな」と思えるところまでできてしまいますね。

Neve Preamp
Neve Preamp

- マスターにUADプラグインを挿すこともありますか?

ありますね。僕は普段、AVALON DESIGN AD2077 というハードウェアEQをよく使うんですけど、それは高価なうえに、特注しない限りハイとローのフリーケンシーが1dBステップなんですよ。僕は運良く0.5dBステップのモデルを入手しましたけど、複数台揃えるのは現実的でないので、リコールが難しい時はプラグインで AD2077 の音を再現する必要がある。そういう時に Millennia NSEQ-2 を使っています。Millennia NSEQ-2 は僕が AD2077 で作っているアンプのサウンドや、明るさの上がり方にものすごく似ているんです。あと elysia alpha compressor もすごくいいですね。実機も持っていますが、内部ミックスをする時にはUAD版を使っています。

- 他にマスターに使用しているハードウェアは?

Rupert Neve Designsの Portico II Master Buss Prosessor は絶対に使います。Silkの質感がいいんですよ。Silk Redだとローが増してロックっぽくなり、Silk Blueだと派手になります。ポップスっぽくしたい時はSilk Blueを使います。ディレクターさんがいる前で「どっちの方向性がいいですか?」と瞬時に示せるのが便利ですね。コンプ自体はそんなに強く当てないですけど、DepthとWidthのツマミで上の帯域だけ音像を広げたり、センターだけを前に出して立体感を作ります。これなしでミックスやれって言われたら結構凹むくらい、一番お世話になっているんじゃないかな。これもUADプラグインにしてほしいくらいです(笑)。

Rupert Neve Designs Portico II Master Buss Processor
下段がRupert Neve Designs Portico II Master Buss Processor、上段はAVALON DESIGN AD2055

- 最後に、今年新たに設立した GRAND ORDER について教えてください。

音楽業界には今でもアーティストの発掘は大阪、制作は東京という棲み分けがあると感じるんです。そこでもう少し、大阪で座組みができるような制作チームを作ろうと思って、関西のイベントやFM局、ライブハウスとかに精通している岸本優二さんにお声がけして、楽曲提供や楽曲制作、プロデュースから売り出し先、イベントのアテンド、会場ブッキングまでをやるチームを立ち上げました。曲がバズったアーティストにプロデューサーを紹介したり、作家活動に興味があるアーティストに、アニソン系レーベルや、歌い手さん界隈やゲーム業界のコンペを紹介してチャンスを共有したり。カヨコの場合も、シンガーソングライターとして頑張っていた時期に、音楽辞めようかというくらい悩んでいて。そんな時に、僕が色々と今のベースになるような夢物語を話していた岡村 弦さんが、またレコーディングで奈良に来ることになったんです。当時、岡村 弦さんはLiSAさんのディレクター件エンジニアだったのでピンときて。そのタイミングでカヨコがアニソンぽいすごくいい曲を書いてきたから、楽曲提供に興味あるかと聞いて。岡村 弦さんとつないだことが、LiSAへの楽曲提供につながりました。ただ、そういうことも今後個人の顔でやると責任が重くなり過ぎるので、法人化しようと考えたんです。

- まさに東西の音楽業界を結ぶ役割を担うわけですね。

それともうひとつが、コロナ渦がきっかけで急遽開始した配信プラットフォームの開発です。YouTube とかの力を借りるのではなくて、ライブハウスが独自のドメインで、自社のコンテンツとして、配信やチケット販売、ファンとの交流ができるようにしたいと考えています。今のところ、この2つが GRAND ORDER としての事業の大きな柱です。才能あるアーティストに対して、その出口を作りながら、本当の意味で東西を結んでいけるプラットフォームを目指しています。次のカヨコ、次の「紅蓮華」を絶対出したいですね。

門垣良則

奈良出身。サウンドエンジニアであり広義、狭義ともにプロデューサー。師匠である森本(饗場)公三に出会いエンジニアという職業を知る。師事した後、独学及び仲間との切磋琢磨により技術を磨きMORGを結成。当時の仲間の殆どが現在音楽業界の一線にいるという関西では特異なシーンに身を置いていた。大阪のインディーズシーンを支えるHOOK UP RECORDSの立ち上げ、運営に関わる。大手出身ではないが機材話で盛り上がり、先輩格の著名エンジニアとの交流は多い。自身の運営するMORGのスタジオを持ち、日本有数の名機群を保有する。中でもビンテージNEVEやマイクのストック量は他の追随を一切許さない。しっかりとメンテナンスされた高級スタジオ数件分の機材を保有している。インディーズレーベルに叩き上げられた独自の製作スタイルを持ち、二現場体制での対応スタイルはじめマスタリングアウトボードを通しながらのミックススタイルをいち早く採用している。また、その際のアウトボードの量と質も他の追随を一切許さない。関西圏での音楽製作レベルの底上げ、、、もとい一気に都内一線クオリティーを持ち込むべく岡村弦、岩谷啓士郎に呼びかけWAVE RIDER(命名:gendam)を設立。WAVERIDERのネットワークにより、都内一線とリアルタイムに情報を共有することを可能にしている。エンジニアのみならず機材メンテナンス及び改良と検証、経営、教育など複合的な観点から音楽と向き合っている。

写真:桧川泰治

関連記事

ページトップへ