Hookup,inc.

ライブデートが作り上げる理想のライブサウンド

アーティストへの楽曲提供から、プロデュース、アレンジ、ミックス、マニピュレートまでを手掛ける青木繁男氏が、2年前に「ライブデート」という自身の会社を立ち上げ、現在は作家とPAを連携させる新たな形のライブサウンド・プロデュースを手掛けています。青木氏と、同社でPAエンジニアを務める内林優樹氏、小田島有太氏のお二人に同席してもらい、目指すライブサウンドの在り方と、お使いのシステムについて話を伺いました。

日本には作家とPAが一緒にやるチームがあまりなかった


- まず、青木さんが「ライブデート」を設立した経緯から教えてください。

青木 : 僕は主に作家/マニピュレーターとして活動しているのですが、音楽の最終的なアウトプットは「音源を作る」ことと「ライブ」の2つだと思っているんです。そしてライブにおいては、最終的な出音を握る「PA」が非常に重要だと、さまざまな経験から感じていました。PAエンジニアによって音に対する解釈が違って、例えばEDMのキックに対する考え方や、生バンドと混ぜた時のシーケンスの扱い方とかがかなり違うわけです。お客さんに聴かせる音はPAエンジニアに一任するわけですから、信用のおける方とタッグを組むのが望ましいんですよ。そこで5~6年前から、可能な限りPAエンジニアを指名させていただき、コミュニケーションを取るようにしてきました。ステージ上と客席側の音の一体感がある状態を作れるようになったんです。であれば、最終的な音を握るところまでワンチームでやりたいと思い、2018年に作家とPAチームが一緒になったこの会社を設立しました。

- チームでやるようになって、より理想のサウンドに近づいている実感はありますか?

青木 : そうですね。まだ会社が若いので、チーム全体で担当した現場はそこまで多くはないんですけど、一緒にやれる時は、例えば「どのDAコンバーターを使おうか?」というところから話を始めたりします。「今回はロック系のバンドだから Lynx Aurora を使ってガッツのある音にしようか?」とか。こういう話をPAエンジニアとすることって普通はないんですよ。でも、ステージに行く前にそういうコミュニケーションを社内で取れるので、音作りには明らかに差が出始めています。あとは現場で音をチェックするという感じですね。

- どんな編成でチームを組んでいるのですか?

青木 : 大きく分けると、アーティストやプレイヤー側のサポートをする「作家/マニピチーム」があり、そのリーダーを僕が務めています。もうひとつが、お客さんに音を届け、ステージにいるプレイヤーの耳の中(モニター)をサポートする「PAチーム」で、そちらはエンジニアの佐々木優さんが指揮を執っています。今日同席してくれた内林くんと小田島くんはPAチームのエンジニアです。

- 内林さんや小田島さんは、このチームでの取り組みをどう感じていますか?

内林 : 機材やプラグインを使用する上で、曲を作るクリエイターさんやシーケンスを回すマニピュレーターさんの考え方と、ライブエンジニアが持つノウハウや頭の使い方が、いつもイコールではないということは元々感じていました。日本語と英語を喋り分ける時の頭の使い方の違いだったり、和食と洋食の作り方の違いみたいなものでしょうか。それをミーティング段階ですり合わせることができるというのは、すごく大きいですね。リハや本番ではすり合わせた上で音を出すところから始められます。事前に準備ができるというのは、すごく大きいですね。

- どういう音にしたいのか、十分に打ち合わせしておけるわけですね。

内林 : 例えばクリエイター、マニピ側に「こういう風にキックが出ていればいいな」という作曲行程、思惑があっても、PAがうまく汲み取れていないと、思惑と全然違う音が客席に出てしまいます。なので、まず音を出してみて、「こういう音だよね?」という確認ができることが、一番良いことなのかなと思いますね。

小田島 : ライブハウスでエンジニアをしていた時の経験として、出演バンドにマニピュレーターがいてとくにトラックが多い場合、限られたリハ時間の中で出したい音のすり合わせも含めたコミュニケーションに割く時間が多くなることがありました。だから、チーム内で機材やプロジェクトについて事前に話しておけるのは話が早いです。

青木 : 例えばEDMやデジロックって、打ち込みの音がたくさん入るじゃないですか。生ドラムにキックを重ねたり、シンセベースを重ねたりとか、作曲者は普通にやっているわけです。だけど、「この曲はキックが中心なので、キックをバラで渡しますね」ってPAエンジニアに伝えると、「じゃあ、モノでもらいます。シンセベースもモノでもらいます」って言われることがあって。「キックとベースはモノ」というイメージを持っているPAエンジニアがすごく多いんです。作曲家からすると、現代のキックはほぼステレオになっているし、シンセベースなんて左右に結構振っていたりするのに、コミュニケーションが取れていないとステレオで渡したトラックが卓側でモノにされてしまう。結果、センターに低音が溜まってしまい、それをお客さんが聴くことになるという、ステージ上からはまったく気づかない問題が起きてしまうんですね。作家とPAでは音に対する解釈が違うから仕方がないんですけど、残念だなと思うところはありますね。

- ライブにおいてもステレオの音像感は非常に重要なのですね。

青木 : 違いがかなりあると思います。今はシーケンスを混ぜるバンドが多いので、PAエンジニアにはDAWの環境を理解することを重視していただきたいのです。昔の考えのまま、もしくはアナログのソースと同じ考えで DAW の音を扱う方より、作家やクリエイターが使う最新のDAWをよく理解されているPAエンジニアの方が音の扱い方がうまい。それがイコール、今はうまいPAだと思われるようになってきています。

- シーケンスのトラックは、ステムでPAに渡すのですか?

青木 : できればパラ(マルチチャンネル)で送りたいです。でも、イベントやフェスで初めて一緒にやるエンジニアさんにパラで送るとデータの扱いがわからなかったりするので、ある程度パートをまとめたものをお渡しした方が作曲者の意図した状態で鳴らせたりします。ただ、できる限り8chや16chといった多チャンネルで渡したいです。コミュニケーションを取って、ちゃんと音作りをしてもらえば、その方が素晴らしい音になりますよ。

- 実際、青木さんのチームでやる時は16chで渡しているんですか?

青木 : 最大で32chを渡したことがありました。チャンネルを分けた方が各パートのレベルが突っ込めるんですよ。チャンネルがまとまってしまうと、例えばキックが鳴る時にピークが点いてしまうことがありますけど、パラっておけばほとんどピークが点かないので、卓側(PA)でコントロールしてもらえます。

- 音作りの自由度がかなり上がりますね。

青木 : そうですね。パラで渡せば、「この会場は低音が回り過ぎるから、キックとベースは丁寧に EQ をしておこう」とか、そういうこともしてもらえますよね。

アウトボードのリバーブやコンプの代わりに Apollo を使っている


- ところで、青木さんは以前から Universal Audio の Apollo を使われているそうですが、導入のきっかけは?

青木 : アナログ系のシミュレートが流行り出した頃に UAD-2 の SOLO を使い始めて。UAD にハマったら、アナログの実機を買い始めるようになって(笑)。

- その流れで Apollo も使い始めたんですね。

青木 : 制作では主に UAD を使っているんですけど、現場では編集用に Apollo を使っています。UAD プラグインでキックを太くしたり、ボーカルに倍音をちょっと足したりできるので重宝しています。

- ライブの現場でも Apollo を使うことはありますか?

青木 : マニピでは使ったことがないですが、PAチームでは使っています。

内林 : 僕が Apollo を使い始めたのは、2015~16年頃からです。当時、各地のフェスやイベントで Avid の Profile というコンソールが多く使われていて、自分も含めそのシステムで Waves が少なからず使われていました。小さなライブハウスだと Profile が入っていることはなかったんですけど、そういう場所でも「どうにかプラグインが使えないか」と思い販売店を訪ねた時、ちょうど Apollo 8p や Apollo 16 が出た頃だったんです。店員さんに「ライブの現場で使いたいんですけど、そういうパターンはありますか?」って聞いたら、「それは聞いたことないですね」と言われて。でも、面白そうだからとデモ機を貸してくださって、ライブで何回か試してみたら音もプラグインも好みだったので、購入することにしました。

- その時は Apollo 8p を購入したのですか?

内林 : はい。その後に Apollo Twin MkII が出たので、それも購入して、今はどちらもライブで使っています。会社で導入した Apollo 16 も使っていますね。機材車で回れる場合はラックタイプでもいいんですけど、1人で動くことも結構あるので、そういう時に Apollo Twin MkII は持ち運びやすいです。小さなケースに Apollo Twin MkII とマイクとヘッドホンを入れて持っていくことも容易にできますから、使い勝手はすごくいいです。

- Apollo の Console ソフトウェアを拡張用のミキサーとして使うのですか?

内林 : そういうケースがないわけではないですが、ほぼアウトボード代わりに使っています。Apollo を手に入れる以前は、6U分のラックを持ち回ったりして、重くていつも大変だったんです。なので、アウトボードのリバーブやコンプを Apollo に差し替えた感覚ですね。

小田島 : 僕は最初に Apollo Twin MkII を買いました。昔勤めていた職場にレコーディングスタジオが併設されていて、そこに SSL 4000G コンソールと Urei 1176(コンプ/リミッター)があったんです。それを使ってエンジニアの方がかけ録りをしていたのを覚えていて、「ライブでもやりたいな」とずっと思っていたんですよ。デジタルコンソールの内蔵コンプもありますけど、1176 でやりたくて。自分なりに調べていくうちに、どうやら Apollo があればそれに近いことができそうだということで、Apollo Twin MkII SOLO を購入して、ボーカルチャンネルにインサートする形で使い始めました。今は会社で導入した Apollo 16 を持ち回って、ライブ現場では使用していますね。

- とくにお気に入りの UAD プラグインは何でしょう?

小田島 : Sonnox Oxford Dynamic EQ はよく使います。準備に時間が取れない時はボーカルチャンネルにだけ Apollo Twin MkII を使ってインサートすることが多いです。担当しているバンドがメインのツアーで回る時は時間もあるので、 Apollo 16 を使ってドラムバスに API 2500、ギターやベースには API 560 もよく使います。

内林 : 僕が最初に使った UAD プラグインは 1176 でした。僕も元々ライブハウスでPAをしていて、当時20歳くらい年上の先輩が急に Urei 1176 を貸してくれて。ステレオアウトに入れたりして試した経験があったので、同じように Apollo でも 1176 を使っています。あと、Sonnox Oxford Dynamic EQ もよく使っていて、ボーカルにかけることが多いです。Apollo Twin MkII の場合はボーカル用にチェーンを組んで、Neve 1073 の後に 1176 か Tubetech CL 1B、あるいは Sonnox Oxford Dynamic EQ を使う形が多いかな。Apollo 8p を持っていく現場では、リバーブに Lexicon 224EMT 140 を使ったりします。ライブハウスに常設されているコンソールのリバーブと比べると、UAD のリバーブは求めるクオリティに到達するまでのスピードがすごく早いですね。使える現場では必ず使っています。

- ダイナミクス系を多用されているのかと思っていましたが、リバーブも活用されているのですね。

内林 : UAD のリバーブはすごくいいですね。Lexicon 480 はまだ使ったことがないんですけど、絶対良い音がするんだろうなという信頼感があります。すごくクオリティが高いと思いますね。

- 音質面でも可搬性の面でも、Apollo 導入のメリットは大きいのですね。

内林 : 全チャンネルに Apollo を挿すのはさすがに難しいので、Apollo Twin MkII ならボーカルとその他モノのチャンネルに挿したり。ドラムバスやシーケンスバスを組んで、API 2500 をかけたり、Shadow Hills Mastering Compressor を入れることもあります。アーティストによりけり、現場によりけりでいろんなパターンがありますね。Apollo の入出力数やコア数に余裕があればあるだけ使いたいと思ってしまうので、「ミックスの中で何を推したいのか」、「アーティストが何を推したいのか」を大事にして、そこに使っていくという感じですね。

- アーティスト側から「この UAD プラグインを使ってほしい」といったリクエストをもらうことはありますか?

内林 : 今はまだ経験がないですが、「Apollo 使っているんですね」と声をかけてくれるアーティストさんはいます。「どんな UAD プラグインを使っているんですか?」と聞かれることが最近増えましたね。そういう話の中で、アーティストが実際に制作で使ったプラグインを聞いて、PAでもそれを使ってみたりしています。

青木 : Apollo や UAD がエンジニアとアーティストの架け橋になっていることは間違いないです。「あのプラグイン使った?」とかそういう話のネタにもなるし、何よりアーティストからの信頼度が上がると思うんですよ。すごく良いツールでいてくれるなと思いますね。

安定性と故障率の低さに注目して Rosendahl をチョイスした


- マニピュレートには Rosendahl を使用しているそうですね。

青木 : いわゆるクロックマスターとしてですね。デジタル機器が増えワードクロックをデイジーチェーンすると、どうしてもクロックがズレて安定度が悪くなるので、クロック・ジェネレーターを加えて安定させています。Rosendahl は放送局などでの導入事例が多かったので、その安定性と故障率の低さに着目してチョイスしたんです。Nanoclocks を導入してから19年ほどが経ちますが、一度も壊れないし、何の不便もありませんね。

- それはすごいですね。

青木 : 本当に安定しています。ライブも放送局と同じで、音が止まったら事故になりますから何よりも安定性が大事なんです。「絶対に壊れない」という太鼓判を押されている製品の方が、信頼性がありますよね。となると、Rosendahl を選ぶことになるんです。

- 現在お使いのモデルは?

青木 : Nanoclocks GL と Nanosyncs HD、MIF4 です。ツアーの時は機材を預けっぱなしにするので、同じ機種を複数持っています。とくに稼働が多いのは Nanosyncs HD です。

- クロックを送る先は?

青木 : 主にオーディオ・インターフェイスとDAコンバーターですね。メインのPCとは別に、セーフティ用にサブPCを走らせているので、合計で4台くらい繋いでいます。これらのクロックをすべて揃えることで、メインとセーフティのPCをスイッチした時にも「プチッ」というノイズが一切出ないんです。それでいて絶対に事故らない。もう Rosendahl 一択なんじゃないかな。

- 安定しているということが何よりも大事なんですね。

青木 : リスニング系の製品にもすごく良いクロック・ジェネレーターはあると思うんですけど、音質やスペックを重視して機材を揃えると、トラブルが起こる可能性もあるんですよ。ライブの現場って電源がすごく不安定で、1~2V くらいはすぐに上下するので、それによって動作が不安定になったりする製品もあると思います。だけど、Rosendahl の製品は、10V くらい上下してもビクともしません。Apollo も現場で落ちたところを見たことがないので、PAでも安心して使えます。素晴らしいですよね。

- なるほど。では、MIF4 を使うのはどんな場面ですか?

青木 : 最近は「バーチャル・ライブ」というのがすごく増えてきていて、MIF4 はそういう場面で、映像と音を同期させるためにタイムコード・ジェネレーターとして使います。DAWと映像をシンクさせるには、必ず MIF4 が必要になりますから。

- 最後に、チームの今後の目標を教えてください。

青木 : まずはワンチームで行うステージをどんどん増やしたいと思っています。うちのチームはすごく良い音を出すので、それを今後、より多くの人に聴いていただきたいと思いますね。作家としての立場からアーティストの狙いを汲み取れますし、それを通訳する形でPAに伝えることもできます。アーティストにとっても、できることがすごく増えるんじゃないかなと思います。

青木繁男

株式会社ライブデート代表取締役。
Sonar Pocket、寺島拓篤をはじめとするアーティストへの楽曲提供・アレンジを行うプロデューサー。
マニピュレーターとして、楽曲を提供した全てのアーティストを始め、MY FIRST STORY / マオ from SID / 渕上舞を始めとする様々なジャンルのライブをサポート。近年ではマジカルミライ / MIKU EXPO / あんさんぶるスターズなどにも参加しあらゆる用途のライブスタイルに対応できるノウハウを蓄積している。
使用するソフトウェア Nuendo / Cubase の開発にも携わり、最先端の技術を最高レベルで安定させるシステムを使用。年間100を超えるステージで稼働させている。
また、ライブで必要とされるBGM、サウンドエフェクトの制作も行うためライブに同行する『マニピュレーターだからこそ作れるサウンド』に定評を得ており、ライブ音源制作でもさまざまなアーティストをサポートしている。

小田島有太

株式会社ライブデート サウンドエンジニア。
東北共立 - 仙台 MACANA を経て、2016年に上京。
Survive Said The Prophet / Newspeak をはじめ、さまざまなバンドやアーティストのFOHエンジニアを担当している。

内林優樹

株式会社ライブデート サウンドエンジニア。
ライブハウスのPAとしてキャリアをスタートさせ、プラグイン等をライブサウンドにも率先して導入し、海外公演等のさまざまな経験を生かしアーティストとのコミュニケーションやアイデアを軸にライブサウンドをサポートしている。
AAAMYYY、SIRUP、tricot などさまざまなジャンル、数々のアーティストのライブPAエンジニアを担当している。

関連記事

ページトップへ