Mastering with the Masters.

マスタリングマスター - 著名マスタリングエンジニア : Emily Lazar、Peter Doell、Bob Katz に聞く7つの質問

外から見ると、マスタリングという仕事は最も奇妙で難解かもしれません。トラックの内容をしっかりと凝縮し、録音素材のニュアンスを正しく、より良く、パワーを与えたりします。つまり作品としてお届けする際に、作者の意図を汲み取りつつ、そのサウンドに磨きをかけて仕上げるという職人の仕事と御理解下さい。

ここで、マスタリングに従事する音の職人達に話を聞き、この作業についてもう少し詳しく知りましょう。

マスタリングにご興味のある方のみならず、作曲やミキシングをする方 - つまり、マスタリングを依頼される方も是非お読みいただければ幸いです。ここでは、熟練のエンジニア : Bob Katz、Emily Lazar、Peter Doell を招いて質問をぶつけてみました。マスタリングは技術的な知識、芸術的な感性、そして経験が等しく備わるよう緻密な鍛錬が必要です。

オーディオマスタリングのオーソリティーである Katz は、オーランド(米フロリダ州)をベースに、多くの作品を手がけています。中にはグラミー受賞の Paquito d’Rivera をはじめ、Dizzy Gillespie、Wynton Marsalis、Emmylou Harris が含まれます。その技は芸術的です。Lazar はニューヨークにあるマスタリングスタジオ「The Lodge」の創設者であり、チーフエンジニアでもあります。彼女もまたグラミー受賞歴のあるエンジニアで、手がけたプロジェクトに David Bowie、Foo Fighters、Santana、Linkin Park などがあります。Doell はLA在住で、十年以上に渡る Universal のシニアマスタリング/ミキシングエンジニアとしての経歴を持ち、Miles Davis、Celine Dion、Marilyn Manson そして Etta James など多くのアルバムにクレジットされています。

以下は、UAで行われた円卓ディスカッションからの引用で、マスタリングの為の準備から、この三方がUADプラグインを使用する理由、それらのツールが作業の中でどのような役割を担っているのかを知ることができます。


Bob Katz
(Paquito d’Rivera, Dizzy Gillespie, Emmylou Harris)

オーディオマスタリングのオーソリティ。オーランド(米フロリダ州)在住。グラミー受賞のPaquito d’Riveraをはじめ、Dizzy Gillespie、Wynton Marsalis、Emmylou Harrisなど、多くのアーティスト・作品を手掛ける。その技は芸術的。

Emily Lazar
(Coldplay, Foo Fighters, Sia)

ニューヨークにあるマスタリングスタジオ「The Lodge」の創設者兼チーフエンジニア。グラミー受賞歴のあるエンジニアで、手がけたプロジェクトはDavid Bowie、Foo Fighters、Santana、Linkin Parkなど。

Peter Doell
(Miles Davis, Celine Dion, Etta James)

LA在住。シニアマスタリング/ミキシングエンジニアとしてUniversalに十年以上に渡り在籍。Miles Davis、Celine Dion、Marilyn MansonそしてEtta Jamesなどにクレジット。


1:アーティストまたはミキシングエンジニアがマスタリングの依頼をする前に行っておいたほうが良いことは何でしょうか?

KATZ: アーティストが最初のミックスを終えたら、そこでマスタリングエンジニアへ連絡することをお勧めします。最初のミックスで作業をして評価をするのが良いでしょう。このことでお互いにより多くのことを知ることができます。私の場合、すべてのクライアントに1曲無料で提供するようにしていますね。

LAZAR: ミキシングを確定できないのなら、オプションを提示しましょう。異なるミックスをいくつか聴いて、マスタリング処理したら良くなると思うものを選んで下さい。どのミックスがマスタリング後に良くなるのか、判断がつかない場合は良さそうなものを2つ送りましょう。ステレオミックスでご心配なら、ステム(ファイル)を送って下さい!ステムは時として、バランス、EQ、コンプ処理を決めるのに適しています。

DOELL: 最も重要で基本的なことをひとつ。すべてのファイル名を正しく付けて下さい。それでマスタリングセッションがスムーズに進行し、誰もがハッピーになれます。きちんと整理されていることが良い仕事をしてもらう基本事項です。もし、メインミックス以外にテレビ用やインストゥルメンタル・ミックスも必要な場合、名前が全部正しく付けられていることを再確認してください。マスタリングエンジニアが実作業に集中することができます。そうすれば、自分と同じようなポジションにある他の誰もがそのマスタリングセッションにおけるすべてのミックスを把握することができるでしょう。結果、サウンド面においての一貫性が生まれ、クライアントにとっても時間と費用の節約となるのです。

LAZAR: ファイルのラベリングは重要ですね。"ネーミングシステム"を利用すると自分にも他人にも判り易いファイル名にしてくれます。単に名前だけでないのであれば、こちらのオンラインガイドには NARAS/GRAMMY推奨のオンラインネーミングシステムが紹介されていますので、参考にして下さい。(※英語システムです)

2:マスタリングセッションの成功に向けて、ミックスでやってはいけないことはありますか?

DOELL: 時々、レベルが高過ぎて何もできないミックスを送ってくる人がいます。この場合はレベルが限界になっていますので、これ以上何かを行う余地が残っていません。最早お手上げです。このようなミックスが来た場合、もう両手を上げて「どうしてミックスにピークリミッターをかけてないの?それとも持ってないの?」と言う他ありませんね。

KATZ: サンプルスタイルのピークリミッターをミックスに使うのはお勧めしません。それは何の助けにもなりません。おそらくミックスされた状態のいくつかの要素は、サンプルスタイルのピークリミッターでその恩恵を受けることがないからだと思います。ここでいうサンプルスタイルのリミッターというのはデジタル・ピークリミッターのことです。これを使うと各々のサンプルが壁のようになるので、マスタリング前のミックスに関してはそうなるのを避けたほうが良いでしょうね。ミックスには伝統的なアナログスタイルのプロセッサーを使用しましょう。壁の様にぎっしり詰まった音を渡されても、無駄な歪みを倍増させるだけで、手の施しようがありません。

3:マスタリングが完了しました。アーティストやミシングエンジニアには、マスタリング前では聴こえなかったものが聴こえますか?

KATZ: もちろん。基本エンジニアは音をより大きく仕上げますので、聴こえてくるものもあるでしょう。しかしこれは結果であって、ゴールではありません。マスタリングをした段階で、トラック内部の詳細部分が露になることがあります。音楽のエッセンスが強調されることにアーティストも納得すると思います。この処理で、アーティストやミキシングエンジニアが予想していなかったノイズ、あるいは他の要素も露になる可能性があります。これが事前に録音したものをより早くマスタリングエンジニアに送った方が良い理由でもあります。

LAZAR: アーティストとミキシングエンジニアがマスタリング後に、元々のミックスに間違いを発見するケースは何度もありました。ホームレコーディングとPCミックスが普及している現在では、ミキシングに限りないパワーをかけられることと柔軟さをもたらす一方、いくらでもトラックとバスを増やすことができるが故の弊害もあります。これによって、不必要なものが残ってしまったり、必要なものがミュートされていることがあります。マスタリングに送る前に、もう一度最終チェックをしておきましょう。

DOELL: ひとつ注意しておきたいことがあります。シビランス(歯擦音)です。これは、時間をかけてきちんと処理しておきましょう。そうしないとマスタリングで強調されてしまう場合があります。例えば、ミックスに明瞭さが足りず、少し明るくする為に持ち上げた際にリードボーカルの「S」(さ行)の発音が問題になることがしばしあります。同様のことがハイハットにも起こりえます。時々ミックスで、ハイハットが強すぎてディエッサーが思わしくない働きをすることがあります。ボーカル同様、事前処理をちゃんとしておきましょう。The UAD Precision De-Esser はとても音楽的な処理をするツールです。サイドバンドフィルターを装備していますので、歯擦音を的確に捉えて防ぐことが出できます。ボーカルや音声あるいは生のハイハットを扱う場合、このプラグインはとても簡単かつ直観的に扱え、良いサウンドに仕上げることが可能です。

4:マスタリングによく使うUADプラグインは何でしょうか?

DOELL: 私に送られてくる多くのミックスは、少し薄く、物足りなく感じます。これらの殆どはPCのみでミックスされたものです。このようなミックスに豊かさを加え、肉付けをする場合、Helios Type 69 EQ プラグインが良いですね。

Helios は通すだけで、温かみと厚みをミックスにもたらしてくれます。中域をよく使います。少し上げるだけで声が前に出てきます。あるいはもう少し操作してスネアに良いポイントを探ります。このミドルバンドは本当に使いやすいですね。ほんのちょっと触れば素晴らしくなります。これはお気に入りで、一番良く使うプラグインです。あと The Teletronix LA-2A Classic Leveler Collection、SPL Transient Designer、TwinTube Processor、Vitalizer MK2-T プラグインと API 500 Series Collection EQ、API Vision Channel Strip も作業の中で頻繁に登場しますよ。

LAZAR: ステムで仕事をする際、UADプラグインはとても良い仕事をしてくれます。基本的な処理だけではなく、ミックスに失われた風味や特色を再生してくれますから。

EQやコンプレッサーでは、真っ先に Trident® A-Range Classic Console EQ プラグインに手を伸ばします。Brainworx BX_Digital、Pultec Passive EQ Plug-In CollectionのPultec EQP-1A とレガシーバージョン、Neve® 1081 Classic Console EQ、API Vision Channel Strip、Neve 33609、DBX 160 と Manley Variable Mu® Compressor/Limiter もよく使います。

KATZ: 私は UAD K-Stereo Processor ですね。自分が考案したんだから当たり前か(笑)。マスタリングに特化した設計で、30から40%の仕事にこれを使います。

5:UAD の Precision Tools はいかがですか?

LAZAR: ステレオマスタリングをする場合、Precision MaximizerPrecision Multiband は必須プラグインの中に入ってます。これらに加え、API 560 Graphic EQ、elysia• alpha compressor、Millennia NSEQ-2 プラグインも使います。Precision Maximizer は、自然なサウンドを維持しながら深みと明るさを加える際に役立ちます。トラックのダイナミクスに悪影響を与えずにね。それでいてシンプルかつ効果的です。ほんの少しの操作で十分。これが難しいけどね! Precision Multiband のエクスパンダーは僅かなEQ補正とともに使います。このことで、高域を正しく調節したり、濁った中域を直したり、ローエンドを力強くすることができます。

DOELL: しばし、Precision Maximizer をソースに加えてほんの少しだけ上げて、全体の効果を強調するのに使用します。あまり上げ過ぎるようなことはありません。このエフェクトは主にレベルの低い要素を持ち上げるのに使用します。このことで、ミックスが余分な色付けやダイナミクスを平坦にすることなくより細かく濃密になります。私の使い方は、最初にバンド1つだけで、約9時の位置に設定します。これだけで十分に効果的です。

KATZ: UAD Precision Enhancer はマスタリング環境において驚くべき素晴らしいツールです。その低域は果てしないほどに素晴らしく、エミリーやピーターが言うようにいかに低域を正しくするのが肝です。一番大きな問題は、煮詰まってくるとミックスルームで正しくモニタリングできなくなる事態に陥ることです。これにより低音楽器の明瞭さが失われ、ノートを正しく処理できなくなります。

6:テープマシン・エミュレーションへの印象を聞かせてください

LAZAR: The Lodge にあるアナログ機器やテープマシンにはいつもワクワクします。しかし、時には予算の問題でアナログテープに費用をかけることができません。そんな時にUADのテープマシンプラグインは大活躍します。Ampex ATR-102 Mastering Tape Recorder プラグインはよく使います。アナログの風味をきちんとミックスにもたらすことができるので。私は幸運にも The Lodge にアナログの Shadow Hills Mastering Compressor の限定バージョンを所有していて、本当に気に入っています。多くのアルバムはこのアナログ機材を使用してマスタリングしました。しかし言っておきます。UADプラグインを使えば、ステムをデジタルで処理することができます。そこにはワールドクラスのコンプレッサーが複数同時に使用可能です。アナログ機材を通す前に使用しても、何も犠牲にすることなく素晴らしい結果をもたらしてくれますよ。

KATZ: 私はときに、UAD Studer と Ampex テープデッキを使います。勿論、基本はPCの外でマスタリング作業を行います。しかし、近年はステムマスタリングをする状況が日に日に増えています。そんな時、UAD Ocean Way プラグインはアンビエンスを加えたり、ボーカルの空間を拡張する為に使用します。これはサウンドがドライ過ぎる際には大変有効です。また、UAD EMT 250 もステムで仕事をする際によく使用します。リバーブをもう一度処理し直す際に便利なので、ステムマスタリングに使わない理由が見つかりませんよ。

7:何をもってマスタリングが完了したと判断するのでしょうか?

LAZAR: 私の場合、いくつかの技術的な水準に達した時です。そしてトラックを聴いて本能的に問題ないと感じた時です。それでも「これにて完了」とは思っていませんが。とりわけ終了したと感じる時は、クライアントがマスタリングしたトラックにゾクゾクした時ですね。私のメインとなるゴールは、クライアントが意図したものを可能な限り最高の方法で引き出すことです。

KATZ: これに関しては経験がモノを言います。経験に基づいて、完了したかどうかの正しい判断を下すことができます。私のモニタリングシステムは、その経験を積むのに適したものです。何をして良いのか、良くないのかを教えてくれるのです。殆どは自制でしかありません。しかし感覚だけではいけません。例えば、私自身はディザリング処理をとても重要視しています。しかしこれがもたらす効果は非常に微細なものです。もし、正しいディザー設定に5分以上かけたとします。それはクライアントの時間を無駄にしていると理解して下さい。もし、1つのアルバムに5時間も6時間もかけたとしたら、それはきっとミックスに何か、あるいは私たち自身に問題があるのかもしれません。神経質過ぎてもいけません。従って、経験値と同様に、マスタリングシステムが終了かどうかを教えてくれるでしょう。

DOELL: 我々マスタリングエンジニアは毎日、同じ部屋、同じ場所に座って作業をします。モニターの位置を変えてはいけません。私の場合、モニターポジションでスピーカーからの音楽がこれまでと同じ様に素晴らしいサウンドで聴こえた際に作業を終了します。もし、音が少しうるさい、あるいはもう少し欲しいと思った時、敢えてボリュームに触れることはありません。それはまだ何かやる必要があるサインです。マスタリングルームに座り、モニタースピーカーから素晴らしいサウンドが程良い音量で聴こえた時、それが終了の合図となります。