宮澤伸之介 UAD-2 ユーザーインタビュー

アカデミー6部門ノミネートのスティーブン・スピルバーグ監督の映画 『ブリッジ・オブ・スパイ』のサウンドを支えたプロデューサー/レコーディングエンジニア、宮澤伸之介氏は、UAD-2のユーザーです。数々のアカデミー受賞する作曲家トーマス・ニューマンとのプロジェクト、自身のキャリア、UADプラグインについて話を伺いました。

『ブリッジ・オブ・スパイ』のプロジェクトではどの様に携わりましたか?

全般的な録音と一部のミックスを行っています。最近はトーマス・ニューマンのプロジェクトに関わる一人のエンジニアというよりも、彼の音楽、そのチームの代表としてダブステージに行ったりなど、いわば彼の音楽をリプレゼントする立場になっています。僕は2007年からずっとトーマス・ニューマンのセッションをアシスタントしていて、ある日、「もしよかったら、次のプロジェクトからもう少し責任のある役割をしてくれないか」と声をかけられ、それから彼のエンジニアとして関わるようになりました。それからもう10本近い作品を一緒にやってます。最近はありがたいことに制作の仕事の方にもかなり携わらせていただいて、役割が増えていますね。これは、『ブリッジ・オブ・スパイ』だけじゃなく、Best Scoreでオスカーにノミネートされた『パッセンジャー』などでも一緒です。

アメリカのプロダクションは予算があるので、コンピューターの打ち込みだけでなく作曲の過程でプレーヤーとセッションをしながら数ヶ月から半年かけて、試行錯誤を繰り返しながら進めて行きます。たくさん録音をして、いろんな素材をその上にまた録音して、またミュートして、時には始めからやり直してというプロセスを繰り返します。良いところはそのまま使われて行くので、エンジニアとしてそのクリエイティブティについていけるように頑張っています。膨大な情報を処理しなくてはいけないし、敏速さも要求される。僕は凡人だから天才と仕事するときは正直、最初彼らが何考えてるかわからない時も多々あります。はじめは??マークなんだけどそれにフレキシブルに対応していくと最後の最後にやっと形がみえてきて、『なるほど。これはこういうことだったのか』となることが多い。なので目の前のことをジャッジせず、先走りもせず、遅れることもなくアーティストと並走することを心がけています。また、いつも柔軟でいることにも気をつけていますね。

今日に至る以前は、どのようなキャリアを積まれてきましたか?

ボストンにあるバークリー音楽院の音楽制作・エンジニアリング学科を卒業した後、L.A.の老舗スタジオThe Village Recorder. に就職しました。ランナーという使いっパシリのポジションから始めて、ゴミ出しや掃除、クライアントのための食事やコーヒーを買いに行ったりという時給$6.75(700円)の仕事をしていました(笑)。それを数年やって、アシスタントエンジニアになり、そこから世界のレジェンド達と一緒に仕事をさせてもらえるようになりました。John Mayer / Guns N Roses / Lady Gaga / Janet Jackson / Gorge Benson / Gorge Duke / BB King / Marcus Miller / Timberlandなど 数え切れないくらいの素晴らしいセッションに出会いました。寝る暇もなく仕事していましたが、良い音をソニック的にも、音楽的にも全てを体に染み込ませていた時期でとても貴重な時間でした。ここで得た経験は今でも自分の判断基準の軸になっています。作業をしていると、横でジョージ・ベンソンが日本語で話しかけてきて僕の邪魔をする(笑)。プロデューサーのマーカス・ミラーはそんなことお構い無しに僕に指示を出し、ホーンのアレンジをデビット・ペイチが行い、そして突然リー・リトナーが遊びにくる。本当に自分が夢の世界にいるのかと思うことがよくありました。

最初からエンジニアを志していたのですか?

僕はもともと東京でサックスプレーヤーをしながら日本の音楽制作会社などで働いていたのですが、サックスが吹きたくてバークリー音楽院に留学しました。そこで世界の壁にぶつかりあっさり挫折しましてね(笑)。同時期にいたのが上原ひろみ、エスペランサ・スポルティング、クリスチャン・スコット・・・そういうレベルの世界なので、僕みたいなのがいてもまるで太刀打ちできない。いったい自分が音楽に対して何ができるのかを考えたときに、かなり悩みましたけどエンジニアリングという分野で自分をもう一度試してみようと始めました。

エンジニアリングの世界では、演奏をしていた経験は役に立ちましたか?

とても役に立ちましたね。当時、一流のプレーヤーとジャムセッションをさせていただいていたので、グルーヴの中にいることとはどういうことなのか、気持ち良い音とは何なのかを経験できたことは大きい。特にジャズ、ファンク、R&Bなどをレコーディング、ミックスするときには絶対的に必要な感覚です。僕は音楽ができるエンジニアの方が、ミックスも編集も音楽的になるので”強い”と思います。実際、僕が会った中で、優秀なエンジニアは音楽が出来る人であることが多いと思います。

フィルムスコアリングのセッションが多いですよね。オーケストラは以前から勉強されていたのですか?

15歳から5年間イギリスに住んでいて、その頃からクラシック音楽の教育をイギリスで受けていました。ロンドン交響曲楽団(LSO)を毎週の様に聴きに行っていたので一流の音とは何かを、この時かなり教育されました。高校生の時はオーケストラで演奏していたこともあり元々クラシックも好きなので、バークリー時代から、クラシック音楽の知識が要求される映画音楽のプロジェクトに多く参加するようになりました。映像同期のセッションの基礎知識を得たのもこの頃です。そのおかげもあってVillageの中でも、いろんな映画音楽の作曲家さんや のエンジニアさんに声を掛けられることが多くなり、次第に映画音楽をよくやるようになりました。この頃に、スタートレック・キングコングなど手がけるJoel Iwatakiやロード・オブ・ザ・リング等で有名なJohn Kurlanderに、サラウンドミックスやオーケストラ録音などの知識をたくさん叩き込まれました。スティングのギタリストでもあり作曲家としての活動も多くこなしているLyle Workmanが、”次の映画、一緒にやらないか?”と声をかけてくれたのが、フリーランスエンジニアになったきっかけです。一年間という長い期間のプロジェクトだったのでそれを機にVillageを退社しました。その後、映画音楽だけではなくいろんなジャンルをやりましたけど、やはり映画・映像音楽の割合が多かった気がします。そんな活動を続けていたある日、トーマス・ニューマンから声を掛けられたんです。

映画『シング』の吹き替え版では、レコーディングエンジニアではなく、音楽監修をされていますね?

シングは、60曲近いアメリカのヒット音楽を多くの俳優さんやアーティストがキャラクターの声優として歌っている映画です。今回のプロジェクトは、劇中の音楽を全て日本語に訳し吹き替えをするという、日本で未だやったことのないかなり壮大なプロジェクトです。アメリカのユニバーサルやミュージックディレクタであるHarvey Mason Jrのチームもすごくナーバスになっていたようで、吹き替えの条件として提示されていたのが、自分たちが手塩かけて作ったものをしっかりとバトンタッチできる、アメリカと日本の間に両国の文化と音楽制作がわかっている人間を起用し、監修させろというものでした。

トーマス・ニューマンの制作に携わっているという経緯や、以前から日本の映画音楽制作のコンサルティングみたいなことをしていたこともあって、光栄にも僕を選んでいただきました。Harveyやユニバーサルチームとも以前、Get on Up (ジェームスブラウンストーリー)などで一緒に仕事をしたことがあったのですぐに打ち解けることができました。アメリカのユニバーサルと日本の制作の間に立つ仕事でありましたが、これまで両国で大きなスケールの仕事をこなしてきたという経験が今回お役に立てたのかなと思っています。シングは、映画の中にポップソングが60曲も入っているという特殊で難しい作品でしたが、サウンドエンジニアの知識、音楽家の知識、制作の経験、アメリカでのキャリアや実績がなければできなかったものです。そういう部分ではいままでの経験がひとつにまとまった仕事ではありました。

UAD-2は、どのように使われていますか?

僕は、The Village Recorder. という大きなスタジオで毎日Neve 88RやOld Neveの卓と仕事をして育ちました。手を伸ばせばビンテージの1176、LA-2A、Pultec などが揃っている本当に恵まれた環境でしたから、アナログでミックスする方が僕にとっては自然なことです。少し前までのデジタルミキシングは、それまであった絵の具、しかもとても綺麗なカラーリングをしてくれる絵の具を失ってしまったような感じで、ちょっと苦労していました。UADプラグインはインサートした時に、アナログ時代の色彩感覚が呼び起こされる感じがあります。マッスルメモリーみたいなもので、身体が覚えていたものが蘇ってくる。それらの実機に手を伸ばして音を構築するということをしてきたので、UAD-2があることで、Pro Tools内部でミックスを完結する場合でも昔からの感覚でミックスが行えます。今は、アナログのNeve 88RSコンソールでミックスすればその音が出ると分かっていてもスピードとも戦わなければ行けないし、近年の映画音楽はトラック数が膨大で時には500トラックを越すこともあり、その情報量をアナログボードだけを使って処理することが困難な場合もあります。そんな時でも、しっかりと説得力ある音を作る手助けをしてくれるUAD-2は、アナログミックスから内部ミックスへの移行に欠かすことのできないキープレーヤーなのです。

より大きなお仕事を経験される中で、サウンドの考え方、捉え方が変わっていったことなどはありますか?

ハリウッドで仕事するようになったことで、世界のトップの音を同じ部屋でずっと体感している経験ができました。BB Kingやジョージベンソンのような、素晴らしいレジェンドといわれるようなミュージシャンが音楽を奏でているのを目の前で体感した時にサウンドの考え方というより、音楽に対する考え方も変わりました。なぜこのサウンドなのかと考えた時に、それは単純にマイクがどうの、機材がどうのじゃなくて、それを演奏する“人”や“環境”“歴史”など文学的な部分が多分にあることに気がつくんですよね。それがサウンドの匂いや深みになっていく。サウンドの文学的な側面をしっかりキャプチャーし表現できる人間でありたいなとはいつも思っています。それには、機材まわりの知識だけではなく、(勿論それがあっての上ですが)人間としての視野の広さや知識が要求されると思います。アメリカのエンジニアはそうゆう多角的に優秀な人が多いから、プロデューサーに転向していく人が多いのではないかと思います。

サウンドの捉え方は、これで良いかなとやり続けているとやっぱり違うのかな?というのが出てきます。これの繰り返しです。自分のサウンドは音楽に対する追求の中で変化していくものですから、逆に変化していかないとダメなものだと思います。積み立てとそれの崩しを繰り返して、これからも僕自身、進化をして行きたいと思っています。エンジニアとしてもっと腕を磨いていきたいし、制作人して新しいものを作ることもしたい。でも大きな目標は20年くらい前から変わっていません。自分がいいと思うものをより多くの人に届けたい。それを達成するための質の良い歯車として日々音楽の役に立てるようにこれからも精進していきたいですね。

interviewer : Ryuji Seto


Shinnosuke Miyazawa @ Allmusic

http://www.allmusic.com/artist/shinnosuke-miyazawa-mn0001011836

Shinnosuke Miyazawa @ IMDb

http://www.imdb.com/name/nm238...

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