ミキシングエンジニア 飛澤正人 - Apollo インタビュー

UAD/Apolloユーザーである飛澤正人氏は、もっとも早くからPRO TOOLSのシステムを導入しDAW完結のワークフローを確立したレコーディング/ミキシングエンジニアでもあります。長きに渡る経験と先見性の源泉、そして今、UAD/Apolloに何を感じ取っているのか をお伺いしました。

どのような経緯でご自身のスタイルを確立されたのか、お聞かせいただけますか。

90年代の半ば、外のスタジオでミックスしていた頃は、アナログコンソールを使って限られた時間の中で作業しなければなりませんでした。自分の中で調子悪かろうがなんであろうが、その日のうちに仕上げなければいけない。大抵は1日1曲くらいのペースでしたけど、中には1日で2曲ミックスして欲しい、3曲ミックスして欲しいとか、そういうオーダーが来ることがあったんです。アナログでのミックスというのは取り返しがつかないし、時には完璧に終わることができず不本意に仕上がることもありました。もちろん限られた時間の中でベストを尽くすわけですが、自分のやりたいことをやりきる為に、完全に再現性があって自分の好きな時にミックスできる、スタジオの時間に縛られないミックス環境を築くのが目標になっていたんです。

当時のPRO TOOLSは、コンピューターを使った波形編集機と認識されていたものでした。僕はこれが発展すれば目標が達成できるシステムになるんじゃないかと思ってずっと狙っていて、1998年、PRO TOOLS 24MIXがリリースされる少し前に導入しました。業界内でもかなり早い方だったと思います。Gシリーズの前のモデルであるPower Mac 9600とPRO TOOLS HD 4.3、そしてトラックダウンまで完結する為のDSP 6枚をシャーシ拡張してギリギリまで揃えました。

周りは誰もそんなことをやっていなかったし、もちろんユーザーグループの様なものもありませんでした。最近は、PRO TOOLSでミックスしているんですよね、って言ったらそれは編集機だろ?って言われましたよ(笑)。実際、編集機として使ってSONY PCM-3348(48トラックデジタルレコーダー)に戻す人はいましたが、当時のシステムはデジタルで転送しても音が変わってしまっていたのであまり評判は良く無かったんですね。僕は、PRO TOOLSに録ってその中でトラックダウンまで完結してしまえばそれも問題にならないはずと考えていましたし、何よりもこのシステムを使って何ができるのかということの方が大事だったんです。

レコーディングが終わると、打合せで期限を決めてそれまでにミックスを終わらせて行くというフローで始めました。ドラゴンアッシュの1998年の作品「Let yourself go,Let myself go」以降は、レコーディングからトラックダウンまで全部PRO TOOLSで行っています。

現在のスタイルの先駆けですね。データの運用トラブルなどはありませんでしたか?

僕は、無かったんですよ。一度も壊れたことがない。バックアップを欠かしたことはないんですが・・・、しないと壊れてたんでしょうね、多分(笑) 何千万円に相当するここにしかない原盤データを扱っている訳ですからバックアップ取っていないと怖くてやってられない。運用の中で誤算だったのは、バックアップする時間でした。当時のシステムは、9GBのハードディスク2台しか無かったので、24bit 44.1kHzで4〜5曲くらいしか録れなかった。まだDVD-Rも、バルクCD-Rなんてものも無かったのでバックアップを取る為にケース入りのCD-Rが100枚入った箱も一緒に持ち歩かなければいけませんでした。そんなの持って歩いているエンジニアは飛澤さんだけですよ、なんて言われながらね(笑)。レコーディングが終わった後、2時間掛けてバックアップを取るので、睡眠時間が3時間しかとることができず、また次の日に9GBをバラしてスタジオ持って行く日々・・・、最初の1年は、本当に忙しかったし大変でした。その後メディアの容量が増えて本当に楽になりましたね。1TBが1万円以下で買える今は天国のようです。

DAW内部でミックスを始めた当時、アナログミックスの質感の表現に関してフラストレーションは感じませんでしたか?

フラストレーションはありましたよ。アナログ回路を通ることで起きるよい変化、質感というのはプラグインのそれとは全然違う。特に初期のプラグインというのは、本当にデジタルなサウンドだったので、アナログ感を出すのは大変でした。アナログでの音の良さとかの感覚を覚えているからその音に近くなる様に勝手に体が反応してしまうんですよ 。DUYや、McDSPのプラグインを駆使して、倍音を埋めていってどこまで近づけるのかというのを限界までやりながらバーチャルアナログを演出していました。そこは模造品でしたからやはり達していないという感覚はありましたけどね。ただ大事なことは何を優先するのかで、自分のやりたいことが明確であれば本当に必要なものは見えてくる。当時のそれはアナログミックスをPRO TOOLS上で再現することではなかったんです。

プラグインを使ったデジタルミックスに関してフィロソフィはありますか?

プラグインは道具であってコンソールの一部という感覚です。実際のところ使いなれたEQとコンプレッサーがあれば他はあまり必要がない。新しいものも試していますけど、結局昔から使っているWaves Renaissance EQ、Q10とかに戻ってしまう。広がりを感じないんですよね。Waves の Abbey Road Plugin とかは使いますけど、結局、この10年で新しいものというのはアナログモデリングなんです。だからUADプラグインを試した時、これは面白いと思いましたよ。とてもキレイに掛かって地味な感じも実機に近い。

PRO TOOLS以降のデジタルミックスにUADプラグインが加わることで、アナログが戻ってきた感、合わさった感があるんですよ。アウトボードは一日、レンタルして1万円とか掛かるものという認識がまだ残っているので、これらを好きなだけ挿せるというのはとても贅沢な気分にもなれる(笑)。この楽しさって無いんですよ。本当に昔、アナログコンソールでミックスをしていた頃に戻った感じがしていて、そこが自分にとっても新しい。

特にお気に入りのUADプラグインなどはありますか?

1176コレクションは、1176好きには本当にたまらないシリーズですね。アナログの時代、1176が大好きだったんでした。アナログコンソールでミキシングしていた頃は、パッチベイの横に最低でも10台の1176を積んでいました。それくらいの数になるとスタジオ内のものだけじゃ足りないのでレンタル業者からもかき集めてきてもらっていたんです。シルバーの1176が一番好きだったんですけど、数を揃えようとするとブラックのRev.Eとか、ブルーストライプRev.Aのものとかも入ってくる。同じ1176でも掛かり方が違うなぁ、なんてよくありました(笑)。だから、UADの1176コレクションの実機バリエーションは全部使ったことがありますね。 その中でも好きだったシルバー1176に相当するキャラクタのプラグインは無かったのでとても嬉しい。ミックスでも沢山使っていますよ。

EQではいかがですか?

apiがすこいなって思いましたね。api550プロポーショナルEQが昔から好きで、固定の2dBステップという男らしい仕様ながらエレキギターとかのここぞっというところをいい感じでもち上げられる。他のプラグインEQで2.2kを上げても同じようにはならない。いままでの感覚に加えて、ここではapiでブーストしてみようとかそんな感覚になれた。UADを使う様になってから色々なEQを使いたいなと思うようになりましたよ。

リバーブで使うUADプラグインはありますか?

EMT140、AMS RMX16はマイブームですね。昔よく使っていたリバーブでもあります。AMS RMX16は、僕が業界入って一番最初に驚いたリバーブ。色も花もある。キレイな伸びがものすごくよくて、こんなリバーブがあるのかと思いましたよ。サーッと伸びるあの感覚を久しぶりに味わいました(笑)。ミックスで中域が埋まっている時、キレイなだけのリバーブは完全に埋もれてしまって見えなくなってしまうんですけど、AMS RMX16は上の方でキラッと残ってくれるんですよね。主にボーカルにつかっています。

EMT系のリバーブはものすごく残る。ザラッとした存在の有るエコー感を出せるリバーブってなかなかない。空間が見える広がりをみせたい時やエコーの質感を少しフワっとみせたい時に歌やギターに使っています。昔、EMT140は、スタジオによっては2つあってEMT1にするのか、2にするのかなんて選べる所もありましてね。でも大抵、選ぼうとすると片方が壊れている(笑)鉄板の張りでリバーブの長さを変える超アナログな機械で、ドライバーで音を当てて響かせたその反射をとっているだけなんですよね。スタジオによって明るめ、暗めとかありましたけど、EMT140プラグインは、真ん中のデフォルトにして使うことが多いです。

僕は、単に”リバーブで広げる”というのが好きじゃないんですよ。それぞれのリバーブには確実に意味があるので「音をどの距離感に置くのか」、「どんな空間を創り上げたいのか」という最初の絵の配置条件に基づいて、目的に合わせた量や、長さを適切に設定していきます。例えば、後ろに置きたい場合は見えるリバーブ、EMT140でカーンと伸ばしてあげると同じ音量でも音像を後ろに聴かせてあげることができる。 どういう位置関係を作って行くのかというところでのリバーブの質感はすごく重要です。UADのリバーブを使う以前は、Waves Rverb にLo-Fi掛けたり、コンプ掛けたりして見える様にして、空間イメージを作っていました。やりたいことができれば道具は選ばないんですが、EMT140は積極的に使いたい。昔に返って楽しいということもありますけど(笑)。UADプラグインを使うようになってからリバーブを選ぶようになりましたね。

レコーディングの際、気をつけていることなどはありますか?

僕は90年代前半からずっとマイクからヘッドアンプまでをダイレクト繋いで録音しているんですよ。大きなスタジオはブースのポケットからコンソールのパッチベイに行って、そこからまたパッチベイを介して卓のヘッドアンプに結線されている。録るまでにものすごい距離を引き回しているので、電気ですから音が痩せるわけですよね。そこにいくまでに減衰してノイズが乗ったりするので、それを補う為にHAで補正をしたりEQで無理なブーストをすることになる。一度全部バラしてすごくシンプルな結線することで思い通りの音が得られるようになった。それからはマイクからHAまでを5〜10mのケーブルで繋いでレコーデイングするようにしています。 録り音を良くしないと後で何をしてもダメなので入り口は気をつけるべきだし、ちゃんとしたものを揃えなければいけない。

Apollo 16 MK2を導入していますね。どのような用途を考えられていますか?

インディーズのバンドのレコーディングに使おうかと思って導入しました。今、STUDER A800テープエミュレータプラグインとかを使った、録りのデフォルトプリセットを作っているところなんです。PROTOOLSで直録音を始めた時も、アナログ特有のキャラクターを求めてアナログテープレコーダーを経由して録音していました。それをApolloコンソールとUADプラグインを使って同じようなシステムを組むわけですね。APIやNEVEのチャンネルストリップを使って最低限の音決めをして、その現場は、「こういう音」としてやるのが今はベストと思って模索しているところです。

ネイティブDAWでのレコーディングシステムとなりますよね。多様化の変革を感じますか?

今まさにかもしれないですね。いろんな人がPRO TOOLSに限らず、各々のDAWを使うようになってきている。実は、UADプラグインはレコーディングから使うことができなかったので長いこと敬遠していたんですよ。けれども近年は、完全に切り分けが出来るミックスだけの仕事も多いし、Apolloであればレコーディング時にリアルタイムでプラグインを掛けることができる。もっと早く使っておけば良かったと思っていますよ。ネイティブDAWで、あれが出来ない、これが出来ないと言っているより、出来ないことを克服してどうやるかが勝負になってきていますね。どう折り合いをつけて行くのかは簡単ではないですけど、どんなプラットホームであっても自分のやりたいことができる環境を作りきったもの勝ちという流れになっている。

DAWやレコーディング機器は”道具”なので、それをどう使うのか、どう工夫して自分のものにしていくのか、というところが一番大事。PRO TOOLSを手にして自分のイメージした環境を手に入れてから18年経ちましたが、今も本質は何も変わっていません。ここからが第2期のスタートという感じですね。改めて多様なレコーディングに対応できる環境を築き上げて行くのが楽しみなんですよ。

interviewer & photo : Ryuji Seto


飛澤正人オフィシャルHP

http://www.flashlink.jp

飛澤正人のMixing Room

http://fl-mixingroom.com

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